第二十二話 穴場と言う名の誘惑


信号さえ無い 狭い車道を随分走った 
路端の住居を幾つか見送り 低い山並み
田園を抜け 緩い降り坂を進むと 小さく
仕切られた 棚田の間を縫う様に流れる
渓流に出会った・・・此処ではつい渓流と
書いてしまったが!  此れはもう渓とは
云いがたく 谷水を棚田に引き込んで居る
用水路と表現した方が適当だろう。

其の流れが 段々豊かに太く変化し出す
頃 集落前で路が大きく曲がる橋の手前
見落とし易い脇道へ左折する 数軒の
住居を抜け 緩い登り坂を 右下に流れを
見下ろしながら車を進めた  弱々しい
流れながらも なにか渓流らしい雰囲気が
漂い出し始めた頃 其れは密集した藪の
中に 姿を消してしまった。
以前ゲートが行き先を阻んでいた処より 上流域の流れは様相が一変する 谷は深い緑に埋れ 
如何にも渓流らしさを醸し出す 路は車一台やっとの幅ながらも 其の手入れは行き届いて居る
先程から見え隠れしだした渓を 視界の右隅に捉えながら 奥地へと進んだ。
以前 数軒の住居が建って居た事を示す 敷地と田畑跡の残る荒地へ出る 畦脇の流れには
多くのヤマメが走るのを確認出来たが しかし水量から考えても小型のサイズが大半の様だ
少し手前で見送って来た 今回目的のポイント上に有ったスペースに車を寄せ 路肩から水辺へ
降りてみる 其処は落差20b程ある直爆の頭にあたり 立ち木を掴み肩から身を乗り出し
覗き込んで見ると 中程でせり出し気味の岩盤下に 白濁した水を湛えた滝壷が目に止まる
食わせ餌用の何本かを餌箱に拾い集め 残ったミミズを全て 滝の頭から流れに放り込んだ
此処からでは窺い知れない壷の水中では 我先にと奪い合う魚の姿が目に浮かぶ。
路肩に座り込んで 湯を沸かしながら
先程買い求めた 弁当を開きビールを
空けた。
食後のコーヒーを啜りながら 其処だけが
コンクリートで固められる路上で 大の字と
成り 見上げた上空は 覆い被る枝葉の
間から 一筋の飛行機雲が 何処までも
伸びて行く・・・・・ マッタリとした時を過し
少々 ウトウトしてしまった! 何 なんせ
此処は 地元の釣師さえ渓魚が生息する
事を 知る人は少なく 訪れる人も稀だ
滝飛沫をまともに受ける為 しっかりと
雨具を着込み 折りたたみ収納タモと
カラビナひとつを 腰のベルトに吊るし
餌箱を首にすると ”さあ〜行くぜぃ” 

飛沫を被り 滑りやすい右岸の急斜面を
ソロリ々 降りて行くと 立ち木も途切れ
不安定な下降と成り ズル々の草付きを
抜けると 発達した両岸に圧迫される
谷床へと立った

1980年代初頭の渓魚
瀑布の抜け道は 今下った斜面草付きへと向い この位置は陰と成る事で 殆んど風も中らない
三間の竿に0.6号のライン ゴム貼錘4B2個を付けて 餌には太目のミミズ三本房掛けにすると
太腿辺りまでの立ち込みで静かに前進・・・・・・壷手前に座る黒い大岩の裏に位置決めすると 
思い切り振り込んでやった  瀑布は幾らか仕掛けを押し戻し若干手前に着水  一枚岩の下で
侵食され抉れる辺りに 上手い具合に導けた  じっとり濡れた顔の雫を 左手で拭い身構える
風に揺れる目印に全神経を集中する と何程も待たずに其の動きは出た ”グイッ〜!” と
岩盤下に向け 重々しき引き込みが! 此処には大岩魚も潜んで居るはず 少々送り気味で
頭上向け 思い切り大合せを呉れた ”ガツン!”其の反動が根掛かりで無い事は 直後ラインが
底に向け ”グイグイ” と引き込まれる事が語る この位置取りでは取り込み出来る場所も無い
先程のルートを後退し 下段落込みへと誘導すると 落ち口から魚が”スッ!”と下る姿が目に
止まる 次の段に向けた肩で足場を固めると 魚は”フワ〜ッ”と云った感じで 目の前に浮いた
もう抵抗する気力も失せたのか 力無く横に浮く魚体を 腰の折り畳みタモを引き抜き 寄せた
最後の抵抗を警戒し タモを差し出すが 何の抵抗も見せず其れは収まった 少々銀毛化した
ヤマメは 尺三寸ばかり有り カラビナに通すと 左岸に張り付くか細い木に掛け 水中に放つ
再度 同じ場所を攻める 今度は錘をもうひとつ追加して 4B3個で 下流向けラインを垂らし
反動を利用して 目一杯に振り込んでやる 先程より幾分奥に飛び込んだ様で 水中で揉まれた
ラインは 随分奥の方で止まった! 同じ様な重々しい引き込みに 先程と同じ動作の繰り返し
手にした魚体は 幾分小さ目のヤマメ この日狙いの 2尺岩魚は姿を見せず 其の場所から
死角と成る下段の深い大淵で 無数の岩魚の影を確認 竿先で誘って見るが 手元に跳び込む
岩魚は 尺足らずの物ばかりで 納竿すると 際どい斜面を車道目掛けて這い上がる。

                                                OOZEKI